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幻のコラージュ作家といわれた岡上淑子 (おかのうえとしこ) の展覧会「岡上淑子コラージュ展:はるかな旅」(2018年1月20日〜3月25日) @高知県立美術館を紹介したい。
展示作品約110点のうち、国内に現存する岡上のコラージュ作品80点が一堂に会するまたとない機会なのだが、東京や大阪に巡回展の予定も無さそうだし、思い切って高知まで足を伸ばしてみた。 岡上淑子(1928- )は高知県生まれ、幼少期に東京に転居し世田谷で育つ。ファッションやデザインに興味を持ち、1950年22歳で文化学院デザイン科に入学。授業の課題でコラージュという手法に出会う。 戦後の復興期、進駐軍が置いていったアメリカのグラフ誌(写真を多様した報道雑誌)やファッション雑誌を古書店で買い求め、コラージュの素材に使用した。「なぜ日本のモチーフを使わないのか」という批判があったようだが、当時日本で発行していた雑誌は紙の質が悪く、使い物にならなかったそうだ。 雑誌の切り抜きだし、もっと小ぢんまりとした額に収まっているのを想像していたが、作品のサイズが思ったより大きくて驚いた。 調べてみると、例えば30年代〜50年代のLife誌は、現在日本で流通しているVogueやElleといった女性ファッション雑誌より大判サイズだった。 岡上が当時使用していた40〜50年代のHarper's BazaarやVogue誌はファッション誌の黄金期を支えたRichard Avedon, Irving Penn, Cecil Beaton, Lillian Bassmanといった超一流の写真家を擁していた。50年代のエレガントでまだクラシックだった頃の欧米のモードを体現した雑誌をコラージュの素材にできたのは、今考えると贅沢で恵まれていたかも。 1950年代の東京は敗戦から立ち直る復興途上、人々が憧れる外国の文化がどんどん入ってきた。岡上も洋雑誌の中に出てくる華やかな女性たちのファッションに魅了された。 しかし、岡上はファッション誌の着飾った女性は綺麗だけど何かツマラナイと思ったのかも。大胆にも女性の頭部を豪華なボウルや扇子、白手袋をはめた手にすげ替えてしまう。白黒の作品が多く、幻想的だが何か心をざわつかせるゴシック調のダークファンタジーのようだ。 間近で作品を検分すると、いかにも切って貼りました的な継ぎ目がなく、まるで一枚の写真のように凹凸もなくシームレス。ドレスのひだもきれいに切り取っていて感心する。 さすが洋裁をしていただけあって、ハサミを使い慣れていて手先が起用である。糊で貼っているのにもかかわらず紙に皺が寄っていないのも、ヤマト糊の水分を少し飛ばして、少量ずつ付けることで紙が縮れないよう工夫していた。 「海のレダ」は、岡上が一番好きだと明言する作品。 「女の人は生まれながらに順応性を与えられているといいますが、それでも何かに変わっていく時にはやはり苦しみます。そういう女の人の苦悩をいいたかったのです」(「美術手帖」1953年3月号より抜粋) コラージュを始めた頃はシュルレアリスムという言葉すら知らなかった岡上だが、現代音楽家の武満徹の紹介で、美術評論家の瀧口修造に出会う。瀧口の家でマックス・エルンストや他のシュールレアリストの画集を見せてもらい影響を受ける。 とはいえ岡上作品の世界観は、西欧のシュルレアリスムとは異なる独自の路線を貫いている。 エルンストの作風は奇異的な要素が強い作風だが、同じシュールでも溜息が出るような華美な衣装やインテリアで幻惑の世界に誘う岡上の作品は格別である。 西欧のシュルレアリスムにおいて女性は性的欲望の対象として扱われることが多いが、岡上の作品に出てくる女性たちは、あらゆるしがらみから解放され、自由を謳歌しているように見える。そこには「彼女達」の毅然とした意志すら感じられる。 「けれども深い皺に刻まれた掌には派手すぎる彼女達の装に、思わず目をそむけると、彼女達は誇らしげに囁くのでした。”私達は自由よ”と」(「机」1953年4月号より抜粋) 一面の焼け野原や廃墟といった、戦争を想起させるイメージを背景に用いた作品に軽く衝撃を受ける。東京大空襲で10万人以上が死亡、100万人以上の都民が家を焼き出されたのは、これらの作品が作られたほんの数年前の出来事だったのだから。 岡上自身も含め、戦争をくぐり抜けどうにか生き延びた女性たちが、今ひとたび瓦礫の中から不死鳥のように立ち上がり、作品の中で自由を謳歌するかのように見える。 1950〜56年のわずか7年間ほどで約140点のコラージュ作品を制作した後、忽然と美術界から姿を消したことが「幻の作家」と言われる所以である。しかし人知れず作品を作り続けていたのかと思いきや、瀧口修造に目をかけられ、北園克衛から雑誌「机」への寄稿を依頼され、実現はしなかったが寺山修司の詩に挿絵をつける話があったり、三島由紀夫とも交流があったくらいだから人脈にはずいぶん恵まれていた方だろう。 当時はギャラリーでの個展や、国立近代美術館に出品したこともあり、カメラ・美術雑誌や新聞などの媒体で作品が掲載され、新進気鋭の作家として注目されていた。 女性には人生におけるフェーズ(段階)があり、岡上も結婚を機に制作から遠ざかり、出産、子育てに追われる生活になったわけだが、作家としてのキャリアを棒に振った感じは全くない。20代でコラージュ制作に創造のすべてを尽くして、30代から別のフェーズに移行しただけ。仕事も結婚も育児も諦めない現代のキャリアウーマンとは違うが、人生の節目ごとに気持ちを切り替え、作家としてのキャリア、結婚、育児、家庭のライフステージをそれぞれ全うした岡上の生き方も肯定されていい。 それに本当に良い作品というのは、顧みられない時期があっても、いずれ必ず浮かび上がってくるものだ。1996年に写真史家の金子隆一による本格的な岡上作品の「再発見」が始まり、その後20年ほどかけて国内外でじわじわと岡上の評価が高まってきた。そして岡上が90歳(!)を迎えたのを記念して本展覧会が開催される運びに。日本の前衛アートの生き証人として、100歳まで御元気でいて欲しい。 展示でちょっと気になったことがある。 岡上のコラージュ作品をもとに、近年制作されたシルクスクリーンプリント(The Third Gallery Aya)やプラチナプリント(amanasalto)が展示されていたが、アートギャラリーやプリント制作会社がポートフォリオとして商業的に限定販売している「商品」に、美術館側が展示ルームを割り当てていることに個人的に違和感を覚えた。 特装版を限定販売するThe Third Gallery Ayaのシルクスクリーンや、高品質の写真プリント技術を誇るamanasaltoの工房で制作されたプラチナプリントの再現性を見るのには良い機会かも知れないが、普通なら展示室を出た後のギフトショップで紹介される類のプリントではないだろうか。 美術館側が作品保存のため、展示品のレプリカとして制作を依頼したならまだ道理も通るが、エディション50部も制作している「商品」を展示室で見せられても……。展示の最後に急にお金の匂いがして、幻想の世界から一気に現実に引き戻された。 展示パネルには「作家の新たな試み」とだけ短い説明があったが、ギャラリーの商品を美術館に展示するなら、美術館側で展示に至った理由や意義をしっかり説明すべきだろう。 美術館とは異なる、アートギャラリーやプリント制作会社・工房の役割をあえて説明するならば、時間と資金を投入して作家とその作品の価値を「創出」し、知名度を押し上げ、価値(作品の値段)をさらに高めていくために、Buzz(話題)を仕掛けて話題作りを絶やさない企業努力、とでもいえば良いだろうか。商業ギャラリーのマーケティング戦略によって作家の認知度が高まるのは皮肉なことではあるが、無名の作家を世に浮かび上がらせるという意味では、アートギャラリーやプリント工房は非常に重要な役割を担っている。 少し辛口になってしまったが、アートギャラリーの中でもThe Third Gallery Ayaは仕事ぶりは一途だし、抱えている作家たちにも真摯に向き合っている稀有なギャラリーだと思う。オーナーの長年に渡るひたむきな献身によって、石内都や岡上淑子といった日本を代表する女性アーティストが近年国内外のアート界で再認識されていることを、素直に喜びたい。これは美術館には真似できない努力である。
by azzurrotree
| 2018-03-12 23:26
| Contemporary/現代美術
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